タミヤ 1/700 島風(最終時)


 機関出力75890馬力、最高速40.9ノットという高性能駆逐艦「島風」
 その心臓とも言える高性能タービンが量産に不向きだったために同型艦が作られず、
 試作艦のような扱いになってしまいました。計画では16隻の建造予定があったようです。
 (大和の出力はその二倍の167310馬力、しかし島風と大和の排水量比は1:23!)

 いくら高性能とはいえ、その強力な(おそらく世界一の)雷撃能力は艦隊決戦向けに装備されたものであ
 り、実際に量産されたとしても活躍の場は少なかったであろうと想像します。
 時代の流れは防空艦秋月型や消耗艦松型を必要としていたのです。

 しかし、ありえないとは思いつつも、16隻の島風型が雷撃戦を行えばいったいどうなるのだろうと
 妄想は抑えられません。

 航空機優勢の時代でありながら一年半もの間、激戦の中をよく戦い抜いたと思います。
 艦長は上井宏中佐という方で、戦闘や操艦技術に優れている人だったようです。
 その反面性格は厳しいもので、乗組員からはウワイ艦長ではなくコワイ艦長などと呼ばれ、
 大槻水雷長は、仕事の時以外は艦長と口を聞きたくないなどと言っていたとか…。

 そしてレイテ沖海戦、オルモック湾での戦いで米空母350機の襲撃を受け、島風も最後の時を迎えるわけ
 ですが、この時も巧みな操艦で一発の直撃も受けることなく奮戦、それでも最後は至近弾の衝撃や多数の
 銃弾による穴で行動不能になり、乗員は島風を脱出せざるをえなくなります。

 しかし、生き残った島風乗員21人(特攻隊員を一人救助したので計22人)の苦難はここから始まるのです。

 乗り込んだ搭載艇は穴だらけのため応急修理し、それでも浸水してくるために乗員が水を掻き出しながら
 進行、上井艦長が重傷のため、指揮は上村機関長が取ることになります。
 目的地はセブ島かレイテ島か判断に迫られレイテを選択、この時セブ島を選んでいたら敵機の攻撃を受け
 る可能性が大きかったといいます。その後10時間の漂流の途中、上陸しようとした岬で住民の攻撃に会
 い死傷者を出し、その後やっと上陸できた地点では敵艦の砲撃が襲い掛かり、上村機関長は友軍と連絡
 を取るために単身、砲弾の雨の中を走ります。
 そして陸軍と出会うことができ、野戦病院に収容された後も島風乗員は敵の爆撃や病気に悩まされます。
 ついには切り込みを決意して全員死に花を咲かせようと決意、陸軍中将に武器を貸して欲しいと頼みま
 す。
 しかし中将に「陸での戦いは我々陸軍に任せてくれ、君たち海軍は海でしっかり戦ってくれ、頼む」と
 言われ、思いとどまったそうです。

 陸軍と海軍は仲が悪くて足を引っ張り合っているというイメージがあったのですが、偏見なのかと思わせて
 くれる話です

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